昭和の映画

植木等・クレージー映画を改めて振り返る、無責任・日本一

クレージー映画、もしくは東宝クレージー映画といわれる、1960年代の東宝映画の屋台骨を支えてきたシリーズについて簡単に振り返りたい。まだ書いていないレビュー記事はおいおい書くとして、とりあえず全体をまとめる記事を今回は書いてみたい。
昭和芸能千一夜

岩崎宏美、堀越学園時代の森昌子を語る

岩崎宏美の39年前のインタビューを、『東京スポーツ』(2015年5月8日付)が蒸し返している。「取材回顧録」というタイトルの連載で、現在も活躍するタレントの昔のインタビューを振り返る企画である。森昌子について興味深い内容にまとめられている。
昭和芸能千一夜

桜田淳子を「宗教だったかもしれない」と述懐する中森明夫氏

桜田淳子について、『日刊ゲンダイ』(2015年2月20日)の「新旧アイドル最強秘話」という連載で、中森明夫氏が書いている。アイドル評論家でおなじみの中森明夫氏にとって、桜田淳子は「宗教だったのかもしれない」と思った結んでいる。
昭和芸能千一夜

原田美枝子『恋は緑の風の中』は転校してデビュー

原田美枝子といえば、70年代のドラマや映画を見た者にとっては、非常に眩しい名前だろう。『恋は緑の風の中』で衝撃のデビュー。高校生でありながら脱ぐシーンも含まれていたため、大変な注目を浴びた。何しろそれで高校も転校したのだ。しかし、本人によると「バスト80」だったという。
昭和の映画

ザ・ピーナッツ『クレージー黄金作戦』でウナ・セラ・ディ東京歌う

ザ・ピーナッツといえば、様々なヒット曲で累計1000万枚以上のレコードを売り上げたと云われているが、その中でも異色といえるのが『ウナ・セラ・ディ東京』という楽曲だ。今でこそ、ザ・ピーナッツのファンには名曲の一つとされているが……。
社長シリーズ

『へそくり社長』森繁久彌社長シリーズはこうしてスタートした

『へそくり社長』(1956年、東宝)。これが1960年代の東宝昭和喜劇黄金時代を担った、森繁久彌社長シリーズの記念すべき第1作である。すでにこのときから、社長シリーズの骨子となるエピソードやキャラクターが確立しており昔の作品でも興味深い。
社長シリーズ

『続・社長紳士録』(1964年、東宝)は当初最終作となるはずだった作品なので華やかな大団円フィナーレで締めくくり

『続・社長紳士録』(1964年、東宝)といえば、東宝の屋台骨を支えたとまでいわれている人気シリーズ「社長シリーズ」の、最終作となるはずだった作品である。最後のつもりで作り上げた作品であるだけに、華やかな大団円フィナーレで締めくくっている。
昭和芸能千一夜

東宝喜劇映画で活躍した久慈あさみと宮田洋容は同じ祥月命日だった

東宝喜劇映画は、このブログ「市井考房」で何度か、いわゆる東宝クレージー映画や、森繁久彌の社長シリーズのレビューを書いたが、今日のキーワードは、植木等や森繁久彌ではなく、11日が祥月命日にあたる、同作に出演していた久慈あさみと宮田洋容である。...
花の中三トリオ

森昌子レッツビギンに憧れるとの説、真相が今明らかに

森昌子が「花の中三トリオ」の扇の要で歌っていた時、『明星』か『平凡』、つまり当時のアイドル芸能誌に、森昌子が村野武範のプロマイドを定期入れに入れている、と書いてあった。村野武範といえば、当時、人気ドラマ『飛び出せ!青春』(1972年~1973年、東宝、日本テレビ系)のレッツビギンこと河野武役で出演していた。
昭和芸能千一夜

伊藤ユミ、“ザ・ピーナッツの豪邸”は売却で更地に

伊藤ユミといえば、我が国の歌謡史に名を残したザ・ピーナッツの妹だ。最近、また彼女がニュースになった。とっくに引退しているし、姉の伊藤エミの命日もまだはやい、と思ったら、東京・世田谷に建てた100坪超の地下1階、地上2階の豪邸を売却。その土地は更地になっていた、という記事が『女性セブン』(6月12日号)にでたのだ。
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