『虹をつかむ男』(1996年、松竹)は、地方の映画館主兼映写技師と仲間の映画愛、そして人間の“毒”を人情喜劇として描いている

『虹をつかむ男』(1996年、松竹)は、地方の映画館主兼映写技師と仲間の映画愛、そして人間の“毒”を人情喜劇として描いている

『虹をつかむ男』(1996年、松竹)は、地方の映画館主兼映写技師と仲間の映画愛、そして人間の“毒”を人情喜劇として描いている。渥美清の急逝により、幻の『男はつらいよ』49作目に出演予定だったキャストがほぼそのまま出演。追悼映画として制作された。

『虹をつかむ男』制作の経緯

『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995年、松竹)は、奇跡的に制作されたと言われている。

理由は、主演の渥美清のコンディションが持たないだろうと思われたからだ。

しかし、山田洋次監督は50作目まで構想をねっていたらしい。

1996年暮れに公開予定していたのは、『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』。

高知県を舞台に、マドンナ役は田中裕子。

その兄役で出演予定だったのが西田敏行。

ちなみに、企画されていたストーリーは、終盤の主役と言っても良かった寅次郎の甥である満男(吉岡秀隆)が、恋人の泉(後藤久美子)と結婚する展開だったらしい。

50作目の最終話のマドンナは、渥美清とは長い付き合いの黒柳徹子。

車寅次郎がテキ屋を引退して亡くなるところまで予定されていたそうだが、やはり区切りの数字まで作りたい、という気持ちが山田洋次監督にはあったのだろう。

その気持はわかる。

このブログでもご紹介している、全30作ある東宝のクレージーキャッツ主演映画も、温情派のナベプロ・渡辺晋社長が、東宝と渡辺プロダクションの屋台骨を支えたクレージーキャッツ、とりわけ植木等に報いるために、区切りの30作まで作りたいと思ったようである。

映画の斜陽化と、クレージーキャッツの人気凋落で興行収入は下がっていたが、渡辺プロダクションの渡辺晋社長が、半ば自主制作のような感じで、27~30作目は制作されている。

したがって、東宝のリリースしたシリーズDVDは、26作目までしかない。

それはさておき、『男はつらいよ』の方は渥美清が亡くなり、49作目は実現不可能になった。

まさか、国民的映画の主人公を、別の役者に代えて何事もなかったかのように続けることはできない。

シリーズ自体は打ち切らざるを得なかったが、『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』で出演予定だったキャストがほぼそのまま移行し、渥美清追悼映画として制作されたのが、本作『虹をつかむ男』である。

そして、たんなる追悼だけでなく、松竹が新たな看板シリーズを期して製作した作品ともいわれている。

本作は、昭和ではなく平成の作品だが、その経緯から今回レビューすることとした。

少し厳しすぎたレビュー

『虹をつかむ男』(1996年、松竹)は、封切りの時鑑賞し、今また改めて観直した。

西田敏行が、地方(徳島)の映画館主兼映写技師を演じている。

『男はつらいよ』のレギュラーメンバーも出演していまる。

公開されたのが1996年であり、今年は渥美清の27回忌にあたる。

ああもうそんなになるかなあ、という思いだ。

本作のレビューを見ると、西田敏行は渥美清になれなかった、というような書き方が多いように見受けられる。

山田洋次監督が、本作とその続編をもって、喜劇を作るのをやめてしまったこともその印象を強くしているのだろう。

渥美清の代わりはいないと……

私も、渥美清の偉大さは改めてよくわかった。

しかし、30年間育てられたキャラクターと、急遽の代作を比較して、演者に役者の違いまで結論づけてしまったら、それはちょっと西田敏行に気の毒な気がする。

ましてや、当時の西田敏行は、『釣りバカ日誌』という当たり役があるわけだから、それとは全く別の新しいキャラクターを、観客に印象づけるのは時間のかかることだったのではないだろううか。

善意で続行される名画座

ストーリーを追っていこう。

平山亮(吉岡秀隆)は、就職試験に失敗したことが原因で親子げんかとなり、両親(倍賞千恵子、前田吟)と住む葛飾柴又の家を飛び出し、徳島県に辿り着いた。

そこで出会ったのが、オデオン座という寂れた映画館を経営する白銀活男(西田敏行)である。

亮(吉岡秀隆)は、オデオン座で働くことになった。

そこでは、映写技師の常さん(田中邦衛)や、映画好きの町民たち(すまけい、柄本明、松金よね子、柳沢慎吾)と、会員制の「土曜名画劇場」を催していた。

「土曜名画劇場」は、かつての名作(洋画)がいろいろ上映されている。

活男(西田敏行)は、上映する作品は、亡くなった幼なじみの妻だった会員・八重子(田中裕子)を意識して選んでいた。

八重子(田中裕子)を密かに想うものの、それを口にすることができないでいたわけである。

その八重子の父親が急死。

活男はいよいよ自分の出番かと張り切るが、八重子の口から、活男の気持ちはわかるけれど、自分は亡夫の同僚と結婚して大阪に行くと言われてしまう。

活男は、累積赤字が膨らむオデオン座の閉館を考えるが、常さん(田中邦衛)が密かにためた貯金1200万円を提供したことで、映画館を続けることになった。

そして、亮は活男に「生涯働ける仕事を探せ」と言われ、柴又に戻っていった。

今回も見られる山田洋次監督の“毒”

『男はつらいよ』で、寅さんはいつも女性にフラれていたが、今回もそうである。

しかも、「いい人」に尽くさせておいて、それでも女性がフるという、山田洋次監督お得意の毒のある設定である。

本作の八重子は、活男だけでなく、いったんは東京に帰ろうと思った亮(吉岡秀隆)を引き止め、思わせぶりな態度までとって亮を翻弄している。

主演2人が、八重子に振り回されているのである。

思えば、山田洋次監督の最初の「実績」ともいえる、ハナ肇主演の馬鹿シリーズ第1弾『馬鹿まるだし』(1964年、松竹)では、目を潰してまで助けた女性が、命の恩人である安五郎(ハナ肇)を覚えていないと答える、エピローグ的なラストシーンをわざわざ作っている。

そのシーンは、山田洋次監督が、他人に幻想を抱いていない、善意ははかないものなんだという厳しい見定めを主張したかったのだと私は感じた。

『男はつらいよ』でも、女性が寅次郎に対して、わざわざ結婚を決意したり夫とよりを戻したりしたことを言うシーンが時折出てくる。

だったら黙ってそうすればいいのに、女性の無神経さは、車寅次郎にとって残酷なシーンだ。

事程左様に、気持ちが繊細で、ひとがいい人は、傷つけられるのが世の常なんだ、ということを、ヒロインの無神経さ、残酷さによって、山田洋次監督は一貫して描き続けている。

人情礼賛映画というのは一面的な見方

『虹をつかむ男』については、東大法学部卒の山田洋次監督の人情礼賛映画など庶民におもねる欺瞞だ、と評している個人ブログを観たが、私は違う意見である。

なぜなら、そもそも山田洋次監督の描く世界は、きれいごとの人情映画などではなく、人間の持つ“毒”を描いていると思うからである。

結ばれない寅次郎の哀愁を描くのは、別の見方をすれば、女の残酷さを描いてもいたわけである。

私もフラれるタイプの人間なので、その毒は、個人的に「よくぞ描いてくれた」と快哉モノでもあったわけだが、山田洋次監督は、若い時よほど女性でつらい思いをしたのだろうか。

おそらく、私のこの感想を読み、山田洋次監督についての意外な見方であると感じた方もおられるかもしれない。

そういう方は、ぜひ、「毒」というキーワードで、本作を含めた山田洋次監督作品をご覧いただければと思う。

以上、『虹をつかむ男』(1996年、松竹)は、地方の映画館主兼映写技師と仲間の映画愛、そして人間の“毒”を人情喜劇として描いている、でした。

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