昭和の映画 東宝 松竹 東映 大映 日活

1960年代の東宝の屋台骨を支えたクレージー映画、社長シリーズ、喜劇駅前シリーズ、若大将シリーズ。松竹のビルを建てたと言われる男はつらいよシリーズ。東映の実録映画シリーズ。日活、大映、洋画も色々ありました。いや懐かしい

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『スクラップ集団』(1968年、松竹)はあいりん地区にやって来た4人が新しい事業を起こすがハッピーエンドにならなかった話

『スクラップ集団』(1968年、松竹)は、釜ヶ崎のあいりん地区に追われるようにやってきた4人が新しい事業を起こすもののハッピーエンドにはならなかった話です。野坂昭如原作で田坂具隆監督作品。高度経済成長時代の諧謔や皮肉がモチーフになっている。
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『どですかでん』(1970年、東宝)はゴミの集積所の一画に形成されたガレキ街を舞台に市井の人びとの生活を描いた群像劇

『どですかでん』(1970年、東宝)は、ごみの集積所の一画に形成されたガレキ街を舞台に、市井の人びとの生活を描いた群像劇である。山本周五郎の小説『季節のない街』が原作で、黒澤明監督が初めてカラーで撮った作品として知られている。
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『ダイナマイトどんどん』(1978年、大映/東映)は岡本喜八監督によるヤクザが野球チームで戦う史上最高ヤクザコメディー

『ダイナマイトどんどん』(1978年、大映/東映)は岡本喜八監督によるヤクザが野球チームで戦う史上最高のヤクザコメディー映画。東映ヤクザ映画ではお馴染みの菅原文太に、嵐寛寿郎、フランキー堺、松竹新喜劇の小島秀哉が絡む異色キャスティングである。
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『父子草』(1967年、東京映画/東宝)は労働者(渥美清)と苦学青年(石立鉄男)の出会いと「生きた英霊」としての苦悩を描く

『父子草』(1967年、東京映画/東宝)は、土方(渥美清)と苦学青年(石立鉄男)の出会いと「生きた英霊」としての苦悩。疑似父子関係で青年が大学に合格するまでを描いた作品。阪急石橋駅前の新御堂筋陸橋下を舞台にしたモノクロ作品です。(上の画像の映像は本編スクリーンショット)
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『さらば、わが友 実録大物死刑囚たち』(1980年、東映)は凶悪事件の死刑囚たちが仙台拘置所に一堂に会した手記の映画化

『さらば、わが友 実録大物死刑囚たち』(1980年、東映)は面白かった。戦後史上語りつがれる凶悪事件の死刑囚たちが仙台拘置所に一堂に会した話。原作はシャバに“生還”した実在の元死刑囚の手記。ギョロ目の磯部勉がさらに目の隈を作った熱演だった。
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『駅前旅館』(1958年、東京映画/東宝)は松竹映画を思わせる上野を舞台にした井伏鱒二原作の文芸映画シリーズ第1作

『駅前旅館』(1958年、東京映画/東宝)は、1960年代に24本作られた東宝昭和喜劇4シリーズのうちのひとつである。が、その第1作目である本作『駅前旅館』に「喜劇」は冠さず、松竹映画を思わせる東京・上野のを舞台にした井伏鱒二原作の文芸映画である。
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『乱れ雲』(1967年、東宝)は夫を交通事故で死なせた男を好きになるが加害者と被害者という過去は変えられない葛藤話

『乱れ雲』(1967年、東宝)は、男女の深く高度な機微を描く第一人者であった成瀬巳喜男監督の遺作である。自分の夫を交通事故で死なせた男を好きになっていく……しかし加害者と被害者という過去は変えられない。司葉子が匂い立つ美しさで葛藤を演じる。
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『喜劇 女は度胸』倍賞美津子初主演は京浜工業地帯の羽田が舞台

『喜劇 女は度胸』(1960年、松竹)は、映画ファン以外に、一部のマニアには評価が高い作品である。理由は、羽田が舞台であり、当時の京急羽田空港線や230形の車両、今は堤防ができて綺麗な家が並ぶ、海老取川沿いの当時の民家や工場などが写っているからだ。
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『喜劇駅前探検』(1967年、東京映画/東宝)は24本作られたシリーズ20作目で山茶花究が出演者の「トメ」に抜擢された

『喜劇駅前探検』(1967年、東京映画/東宝)は、全24本作られた喜劇駅前シリーズの第20作目である。本作は、藤本義一が脚本、結婚して降板した淡路恵子に代わって中村メイコの起用、山茶花究が出演者表示の「トメ」(最後)に抜擢されるなどの目新しさがある。
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『ブラボー!若大将』失恋と失業を経験する三十路の若大将

『ブラボー!若大将』(1970年、東宝)は、若大将シリーズの第15弾となる作品である。70年の1月1日公開。すなわちお正月映画だが、普通は前年年末から封切られるお正月映画も、この作品については元旦封切りだったのである。
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