『さよならの向う側』でそっとマイクを置いた山口百恵

『さよならの向う側』は、山口百恵にとっていよいよラス前のリリースである。「花の中三トリオ」でデビューして以来、数えて31枚目のシングルになる。次の『一恵』は全ての仕事を終えてから、つまり正確には引退してからのリリースであるので、この歌が現役時代の最後のシングルとなる。オリコンでは週間4位、年間41位、『ザ・ベストテン』でも3位を記録している。

山口百恵というと、10月5日に行われた日本武道館のファイナル・コンサート、最後のステージで最後の歌を歌ったあと、そっとマイクを置いて舞台裏に去ったことがことがしばしば取りざたされるが、その歌がこの『さよならの向う側』である。

スロー・バラード曲で6分を超える長い曲であることも特徴。完全燃焼するのだという表現なのだろう。

作詞・作曲は、山口百恵の歌手生活の後半を支えた阿木耀子と宇崎竜童。宇崎竜童自身もこの曲が好きなのだろうか。1994年、セルフカバーアルバム『しなやかにしたたかに~女たちへ~』においてセルフカバーしている。

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『さよならの向う側』(1980.8.21)

さよならの向う側

さよならの向う側/死と詩 death and poem
作詞者:阿木耀子
作曲・編曲者:宇崎竜堂(編曲:萩田光雄)
CBS・ソニー

山口百恵にとっては、芸能生活からの「さよなら」であるとともに、この時期にはもうひとつの「さよなら」もあった。

萩本欽一が彼女の引退とほぼ同じ10月で『スター誕生!』を降板したのだ。

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阿久悠をして、萩本欽一が司会を務めた10年間と、小泉今日子や中森明菜らが合格したその後の2年間は番組の質が異なるというほど、当時の出演者・合格者には深い思い入れがあった。

萩本欽一時代の合格者は阿久悠曰く「卒業生」であり、合格者たちにもそうした意識があった。

卒業式は万感胸に迫るものがある。父親の親権裁判も堂々と対応するなど、普段は凛とした山口百恵も、萩本欽一を見送るときは涙を流した。

「笑顔で送りたかったんですけどね。欽ちゃんを送る中に、自分のいろいろな記憶がオーバーラップしてきちゃったんじゃないかな」と引退特番のインタビューで山口百恵は語っている。

萩本欽一は番組の司会について、こう述懐している。

「『スター誕生』からは山口百恵ちゃんとか大勢スターが生まれましたけど、そういう新人の女の子たちともぜんぜん言葉を交わしてない。向こうから見たら、僕は『すごく冷たいコメディアン』に見えたかもしれないね。でも、そうじゃないの。これからスターになる人たちにも、コメディアンとは口をきいちゃいけないっていう雰囲気があって、話しかけられなかった。だからあの時期の僕、すご~く落ち込んでたんです」(『萩本欽一自伝 なんでそーなるの!』)。

山口百恵が涙を流して見送ってくれたことで、萩本欽一もやっと報われた思いがしたのではないだろうか。

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