芸能千一夜

昭和の映画

『スクラップ集団』(1968年、松竹)はあいりん地区にやって来た4人が新しい事業を起こすがハッピーエンドにならなかった話

『スクラップ集団』(1968年、松竹)は、釜ヶ崎のあいりん地区に追われるようにやってきた4人が新しい事業を起こすもののハッピーエンドにはならなかった話です。野坂昭如原作で田坂具隆監督作品。高度経済成長時代の諧謔や皮肉がモチーフになっている。
昭和のテレビドラマ

『俺はおまわり君』(1981年2月4日~9月16日、ユニオン映画/NTV)は田園都市線沿線の交番勤務の警官の日常を描いた話

『俺はおまわり君』(1981年2月4日~9月16日、ユニオン映画/NTV)は、田園都市線沿線の交番勤務の警官の日常を描いた話。青春の挫折を演じてきた中村雅俊は本作を境に路線変更。『俺たちの勲章』以来のタイトルに「俺」とつくドラマも終了した。
昭和のテレビドラマ

『白い巨塔』は1978年田宮二郎版がもっとも長い時間をかけ描かれたので教授選で第三勢力野坂派の票の行方など興味は尽きない

田宮二郎版『白い巨塔』(1978年6月3日~1979年1月6日、フジテレビ)は、これまで6回映画・ドラマ化された中でも、全31話というもっとも長丁場で奥の深いストーリーだったが、その中でも議論が熱くなるのが教授選での第三勢力野坂派の票の行方である。
昭和の映画

『どですかでん』(1970年、東宝)はゴミの集積所の一画に形成されたガレキ街を舞台に市井の人びとの生活を描いた群像劇

『どですかでん』(1970年、東宝)は、ごみの集積所の一画に形成されたガレキ街を舞台に、市井の人びとの生活を描いた群像劇である。山本周五郎の小説『季節のない街』が原作で、黒澤明監督が初めてカラーで撮った作品として知られている。
昭和の映画

『ダイナマイトどんどん』(1978年、大映/東映)は岡本喜八監督によるヤクザが野球チームで戦う史上最高ヤクザコメディー

『ダイナマイトどんどん』(1978年、大映/東映)は岡本喜八監督によるヤクザが野球チームで戦う史上最高のヤクザコメディー映画。東映ヤクザ映画ではお馴染みの菅原文太に、嵐寛寿郎、フランキー堺、松竹新喜劇の小島秀哉が絡む異色キャスティングである。
昭和の映画

『父子草』(1967年、東京映画/東宝)は労働者(渥美清)と苦学青年(石立鉄男)の出会いと「生きた英霊」としての苦悩を描く

『父子草』(1967年、東京映画/東宝)は、土方(渥美清)と苦学青年(石立鉄男)の出会いと「生きた英霊」としての苦悩。疑似父子関係で青年が大学に合格するまでを描いた作品。阪急石橋駅前の新御堂筋陸橋下を舞台にしたモノクロ作品です。(上の画像の映像は本編スクリーンショット)
昭和のテレビドラマ

『加山雄三のブラック・ジャック』の『B・J(ブラックジャック)入院す』(第7話)には橋本功や結城しのぶなどが出演している

『加山雄三のブラック・ジャック』(1981年1月8日~4月9日、松竹/テレビ朝日)全13話中、『B・J(ブラックジャック)入院す』(第7話)には橋本功、結城しのぶなどが出演している。結城しのぶが尊敬するブラック・ジャックによって外科医として立ち直る話だ。
昭和の映画

『さらば、わが友 実録大物死刑囚たち』(1980年、東映)は凶悪事件の死刑囚たちが仙台拘置所に一堂に会した手記の映画化

『さらば、わが友 実録大物死刑囚たち』(1980年、東映)は面白かった。戦後史上語りつがれる凶悪事件の死刑囚たちが仙台拘置所に一堂に会した話。原作はシャバに“生還”した実在の元死刑囚の手記。ギョロ目の磯部勉がさらに目の隈を作った熱演だった。
昭和の映画

『駅前旅館』(1958年、東京映画/東宝)は松竹映画を思わせる上野を舞台にした井伏鱒二原作の文芸映画シリーズ第1作

『駅前旅館』(1958年、東京映画/東宝)は、1960年代に24本作られた東宝昭和喜劇4シリーズのうちのひとつである。が、その第1作目である本作『駅前旅館』に「喜劇」は冠さず、松竹映画を思わせる東京・上野のを舞台にした井伏鱒二原作の文芸映画である。
社長シリーズ

社長千一夜(1966年、東宝)は観光会社を舞台にした森繁久彌の『社長シリーズ』第26作目黒沢年男、藤あきみなどが抜擢された

社長千一夜(1966年、東宝)は森繁久彌の『社長シリーズ』第26作である。観光地のホテルや別荘を扱う庄司観光が舞台。東京~大阪、九州は天草五橋、猿の高崎山、別府湾の眺望など観光映画としても一級品。黒沢年男、藤あきみなどが抜擢されている。
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