『おかあさん』を歌う森昌子、トリオで“扇の要”だった

『おかあさん』は森昌子10枚目のリリースである。この歌で『第25回NHK紅白歌合戦』(1974年)に2度目の出場を果たしたり、『第47回選抜高等学校野球大会』(1975年)の入場行進曲に選ばれたりするなど、国民的歌手としての道筋を掃き清めた。また、この当時の芸能人人気投票では、「スタ誕三人娘」「花の中三トリオ」などといわれた森昌子、桜田淳子、山口百恵の3人の中で、森昌子がトップだった。

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『おかあさん』はオリコン21位だった。現在の、ジャニーズタレントやAKB48がオリコン1位当たり前という戦略をとっていた頃と違い、当時は歌番組も多く、人気歌手が群雄割拠の時代だったから、高校生になったばかりの森昌子が、何気ない生活の歌を歌ってこの位置につけるのは大変なことだった。

レコードジャケットを見ると、歌詞が通常の印刷物で使われる楷書ではなく手書き風になっている。

A面は母親への思いを歌った、まさに遠藤実がいうところの「心の歌」として高く評価されている。2度目の出場となった暮れの『第25回紅白歌合戦』で歌われ、翌75年3月に開催された「第47回春の選抜高等学校野球大会」で入場行進曲に採用された。

森昌子自身も開会式にゲスト出演している。2010年5月に、森昌子は子宮筋腫の再発で子宮全摘の手術を行っているが、そのときに78歳の母親が支えであったとテレビ番組で語っている(10年8月10日放送『カスペ!』フジ)。

B面は、兄さんみたいな恋人が欲しい一人っ娘の歌である。

こうしてみると、森昌子の初期の歌は、森昌子が夢想しがちな、もしくは森昌子そのものであることが多い。

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中学から高校にかけての森昌子に、未経験の設定を歌わせるのは酷だという判断があったのかもしれないが、人格形成途上の彼女がこうした歌を続けざまに歌うことで、「自分はお兄さんタイプが好きなのだ」という暗示を自らにかけてしまうようなことはなかったのだろうか。それが後の、森進一との結婚につながったと見るのは穿ち過ぎだろうか。

『おかあさん』(1974.9.1)

森昌子「おかあさん」

おかあさん/ひとりっ娘
森昌子
作詞者:神坂薫
作曲・編曲者:藤実(編曲:斉藤恒夫)
ミノルフォン

歌が歌われた当時の芸能グラビア雑誌、月刊『平凡』の74年11月号に発表された「オールスターベストテン順位表」によると、その女性部門はトップが断トツで天地真理(86974票)、次いでアグネス・チャン(30353票)、浅田美代子(29239票)などが続いている。

「花の中三トリオ」から1年経った「高一トリオ」はどうかというと、順位が最も上だったのが森昌子で7位(9855票)。そのすぐ後の8位に桜田淳子(9144票)が入り、山口百恵は得票で2人に後れを取った10位(5274票)である。

桜田淳子のアイドル性はデビュー時から評価され、山口百恵は後に歌謡史上有数のビッグスターになるが、少なくともこの時点で、「トリオ」は一年先輩の森昌子が“扇の要”であったことがわかる。

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