『天使の初恋』。当時オリコン27位に食い込んだ桜田淳子のセカンドリリースである。巷間では桜田淳子の東京・銀座の博品館劇場におけるデビュー40周年イベント「Thanks 40スペシャル~ファン感謝DAY」が話題になっている。もちろん、通常のベテラン歌手が行う「おめでとう」のほんわかムード一色というわけではない。むしろ、統一協会の問題がクリアになっていない時点での久々の表舞台に対する懐疑と好奇心といったニュアンスが強いだろう。
桜田淳子が第一線から退いて22年。今までにも何度か何度かカムバックの噂が出ながら、結局実現しなかった。それが突然のイベント発表。何があったのかと驚かせたが、どうやら『アサヒ芸能』(11.21特大号)の記事では、統一協会の意向によるものではないかとしている。
となれば、統一協会の被害者や被害対策弁護団が黙っていないだろう、ということになる。
国霊感商法対策弁護士連絡会の山口広弁護士は、『東京スポーツ』(2013年11月28日付)でこう憤慨している。
「統一教会は様々な反社会的行動を行い大きな被害をもたらした教団で、現在も社会問題になっている。このようなイベントは断じて許されません。『桜田さんがいるから入信した』という信者もいるし、着物や宝石を買わされた人もいる。桜田さんは統一教会が販売している化粧品のポスターにもなっている。にもかかわらず、何の説明もない」
今回のイベントの関係者によれば、あくまでも一夜限りのことで、これでイコール復帰というわけではないという説明をしているが、いったん表舞台に出た以上、なしくずしにカムバックするのは芸能界にはよくある話。
しばらく、桜田淳子についての話題が芸能マスコミを賑わせるのではないだろうか。
『天使の初恋』(1973.5.25)
天使の初恋/虹のほほえみ
桜田淳子
作詞者:阿久悠
作曲・編曲者:中村泰士(編曲:高田弘)
ビクター音楽産業
プロ野球選手には、活躍した新人が「2年目のジンクス」に陥るというが、さしずめこの歌は桜田淳子にとって2曲目のジンクスにあたる歌である。「天使」「初恋」といった淳子ワールドを感じさせるリリースは、彼女の路線確立に確実に貢献している。
ホリ・プロの総帥、堀威夫がこんな述懐をしている。
「森昌子のヒットの勢いを持続させる戦略として、『ホリプロ三人娘』を結成する企画があり、その候補者を探していた。すでにフジテレビの夏休み特集番組の中から石川絹代(さゆり)をスカウトし、三月のデビュー予定で準備を進めていた中で、残り一人の候補者探しに熱が入っていたときである。/実は、一つ前の『スタ誕』の決戦大会で桜田淳子を候補に、強力なスカウト活動を続けていたのである。本人と家族の気持ちもホリプロ入りにほとんど決まっていた。しかしながら日本テレビ側の配慮で、一つのプロダクションに偏りすぎる点を考慮し、強い行政的指導の結果『サン・ミュージック』入りという逆転劇が生じて、取り逃がしてしまった」(『いつだって青春』)。
堀威夫も桜田淳子が欲しくて仕方なかったのだ。
堀威夫の“桜田淳子獲得失敗”は、「ホリプロ三人娘」という企画自体の頓挫と、森昌子、桜田淳子、山口百恵による「スタ誕三人娘」「花の中三トリオ」の誕生につながる。
このことが逆に、桜田淳子と山口百恵、さらには石川さゆりの成功に繋がったのではないだろうか。
かりに、森昌子、石川さゆり、桜田淳子による「三人娘」なら、歌唱力で見劣りする桜田淳子は後の成功を見ることはできなかっただろう。
森昌子、石川さゆり、山口百恵による「ホリプロ三人娘」でも同じことが言える。
「歌は決してうまくはない」と、すでに堀威夫からみなされていた山口百恵にかわって、『伊豆の踊り子』は石川さゆりがヒロインになっていたかもしれない。
「三人娘」から漏れた石川さゆりだって、彼女たちに比べてブレイクする時期こそ遅れたが、アイドル然としての売り方だったら、後の『津軽海峡冬景色』はなかった。
結果オーライではあるが、三方一両「得」だったのではないだろうか。
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