三浦宏文氏の「サブカルチャーに表れる仏教思想の諸相─ドラマ『妖怪人間ベム』に表れる菩薩思想を事例として」ー自己犠牲と救済の物語

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三浦宏文氏の「サブカルチャーに表れる仏教思想の諸相─ドラマ『妖怪人間ベム』に表れる菩薩思想を事例として」ー自己犠牲と救済の物語

アニメやドラマの中には、私たちが気づかないうちに深い哲学や宗教思想が織り込まれていることがあります。その好例が、かつての人気作品『妖怪人間ベム』です。

この作品に仏教思想、とくに「菩薩思想」が色濃く表現されていることを指摘したのが、三浦宏文氏の論文「サブカルチャーに表れる仏教思想の諸相─ドラマ『妖怪人間ベム』に表れる菩薩思想を事例として」(『実践女子短期大学紀要』第35号, 2014年)です。

正義を貫く「妖怪人間」

『妖怪人間ベム』は、1968年(昭和43年)にアニメとして放送され、その後2011年には亀梨和也、杏、鈴木福のキャストによって実写ドラマ化されました。

物語の主人公は、異形の姿を持つベム、ベラ、ベロの3人。彼らは人間ではない「妖怪人間」として描かれていますが、強い正義感を持ち、常に悪と戦い、困っている人間を救おうとします。彼らの願いはただひとつ──「人間になること」。

しかし、どれほど善行を積んでも、怒りや感情の高ぶりによって本来の醜い姿に戻ってしまい、周囲から恐れられ拒絶されてしまいます。そんな彼らが物語の終盤で選んだのは、「人間になること」を断念し、「人々を助け続ける」ことを自らの使命とする道でした。

この選択こそが、仏教における菩薩の在り方に重なってくるのです。

ベムたちは「現代の菩薩」だったのか

三浦氏の論文では、彼らの姿を「法蔵菩薩」や「大悲闡提の菩薩」といった仏教思想と重ねて読み解いています。

とくに印象的なのは、彼らが繰り返す次のセリフです。

「助けを求める人間を見過ごすことは出来ない。そんなことをしたら、俺達はただの妖怪になってしまう。」

これは、他者を救うことを自己の存在意義とし、利他の精神に生きようとする決意の表れです。人間になること(=自らの救済)をあえて犠牲にしてでも、人々のために行動し続けるという選択。それは、仏教における菩薩の理念そのものです。

法蔵菩薩の誓願との一致

浄土教の中心経典『大無量寿経』には、法蔵菩薩が「すべての人を救い、成仏させることができないのであれば、自分は仏にならない」と誓願し、長年修行した末に阿弥陀如来となったという話があります。

ベムたちの「人間になりたい」という願いと、「人間を助けないならば自分たちはただの妖怪だ」という信念は、この法蔵菩薩の精神に極めて近いものです。

さらに、最終回では、ベムたちはこう語ります。

「人間になってしまったら、寿命でいずれ死んでしまう。そうしたら、もう人間を救えなくなる。」

彼らは、自分たちの存在が永続的に人間を救う手段になると理解し、願いを断念します。この“自己犠牲”の決断は、仏教的には非常に高い境地とされています。

大悲闡提の菩薩とベムたち

仏教の中でもとくに崇高とされる存在に「大悲闡提(だいひせんだい)の菩薩」がいます。これは、あえて自らの成仏を拒否し、あらゆる衆生を救済することを優先する存在です。

たとえば、地蔵菩薩が代表的な存在で、「地獄に生きる衆生を救い終わるまで自分は仏にならない」と誓ったとされます。ベムたちの「人間にならずに人を救い続ける」という行動は、まさにこの「大悲闡提の精神」に通じるものです。

娯楽作品の中に、これほど深い利他精神が込められているというのは、非常に興味深いことではないでしょうか。

サブカルチャーに宿る無意識の宗教性

『妖怪人間ベム』を制作したアサツー ディ・ケイという企業は、仏教と特別な関係があるわけではありません。したがって、この作品に込められた宗教的メッセージは、制作者が意図して組み込んだものというより、日本人の文化的・宗教的背景から自然と滲み出てきたものと考えられます。

このような事例は他にも見られます。たとえば、宮沢賢治は法華経の信仰者として知られ、彼の文学作品にも多くの仏教的モチーフが登場します。また、夏目漱石や芥川龍之介にも仏教的要素を読み取ることができます。

つまり、日本のサブカルチャーには、顕在的であれ潜在的であれ、仏教的な価値観や思想がしばしば息づいているのです。

「ただのアニメ」では終わらない深み

私たちはつい、「アニメだから」「ドラマだから」と、その内容を軽視しがちですが、『妖怪人間ベム』は、現代社会における善と悪、人間性と異質性、そして「自分ファースト」ではない利他精神の重要性を問いかける作品でもあります。

見た目の違いや恐怖から排除される存在が、それでも人間を信じ、助け続ける──そんな彼らの姿は、いまの私たちに「他者を救うとは何か」「本当の人間らしさとは何か」を静かに問いかけているのかもしれません。

ぜひ改めて、『妖怪人間ベム』をご覧になってみてください。ただの怪奇アニメではない、その奥に隠された哲学的深淵に、きっと驚かれることでしょう。

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