山口百恵最後のコンサート『伝説のコンサート山口百恵 1980.10.5 日本武道館』が1月30日、NHK総合で一度限りの再放送が決定

山口百恵最後のコンサート『伝説のコンサート山口百恵 1980.10.5 日本武道館』が1月30日、NHK総合で一度限りの再放送が決定

山口百恵最後のコンサート『伝説のコンサート山口百恵 1980.10.5 日本武道館』が1月30日、NHK総合で一度限りの再放送が決定したという。昨年10月のBSプレミアムで放送したところの大反響を受けてのことで、根強い山口百恵人気が伺える。

山口百恵最後のコンサートとは……

山口百恵が引退したのは、1980年10月5日の日本武道館コンサート。

人気絶頂の中で引退した伝説の歌手となったが、その最後のコンサート『伝説のコンサート“山口百恵 1980.10.5 日本武道館』が、昨年10月のBSプレミアムでの放送の大反響を受け、1月30日(後3:35~5:59)にNHK総合で一度限りの再放送が決定したという。

日本武道館で行われた引退コンサートを忠実に記録し、映像は4K画質相当への映像レストアを施したリマスター版の143分である。

再構成や新撮パートなどの編集は一切加えず、忠実にコンサートの模様を届けるという。


当時のファンだけでなく、若い世代も「伝説の歌手」の引退コンサートを楽しみにしているようだ。

もう40年になるのだ。

現在では、義両親の介護を行っている、との情報ぐらいしか出てこないが、

山口百恵(三浦百恵さん)は義両親献身介護、桜田淳子は芸能活動再開に意欲的、森昌子は個人事務所で再ブレーク
山口百恵さんは義両親献身介護、桜田淳子は芸能活動再開に意欲的、森昌子は個人事務所で再ブレーク。これが“ついに還暦”を迎えた『花の中三トリオ』の近況であると、『日刊ゲンダイ』(2018年5月17日付)が報じているので、今回はそれをご紹介しよう。

不定期に盗み撮りした写真がメディアやネットで披露される。

しかし、心あるファンが知りたいのはそういうものではなく、やはり舞台で歌う山口百恵である。

歌手・山口百恵の足跡をたどる

山口百恵は、新聞配達をして買ったギターで歌を口ずさみ、桜田淳子に遅れること3ヶ月。

1972年12月の『スター誕生!』は第5回決戦大会に出場してデビュー。

「人にめざめる14才」というキャッチコピーがついた山口百恵のデビュー曲は『としごろ』で、映画の主題歌にもなったが、当初は“花の中三トリオ”の森昌子や桜田淳子に水を開けられ、新人賞もとれなかった。

「登場におけるインパクトは、とても桜田淳子の比ではなく、後の百恵神話を予測させるものはほとんどなかった」(阿久悠『夢を食った男たち』)とまで酷評されたからか、山口百恵は阿久悠の歌詞を提供してもらっていない。

「当時の百恵は華やかさにおいて淳子に、歌唱力において森昌子に差をつけられていて、どこか暗く地味な印象をもった少女にすぎなかった。太い足と腕、均衡のとれていない体型は、あらゆる意味で百恵に不利なように見えた。ただ彼女の三白眼と太い唇は、何か心の奥底に深く抑圧されたものの所在を暗示させるのだった」(四方方犬彦『女優山口百恵』)との酷評まであった。

ただし、当時のホリプロ制作部長・小田信吾は、「当時はアグネス・チャンや桜田淳子など、明るさだけのアイドルが多かった。しかし、百恵には他のアイドルにはない“陰”があった。そこに強くひかれたんです」(「日刊スポーツ」95年7月14日付)と期待し、2曲目からはその「暗示」や「陰」に賭けることになった。

いわゆる「青い性典」路線である。

「あなたが望むなら、私何をされてもいいわ」から始まる歌詞の歌。森昌子とも桜田淳子とも明らかに違う、今風に言えばオンリー・ワンの路線を見出した。

それをさらに確実なものとしたのが『禁じられた遊び』である。

『ひと夏の経験』では、「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ」と歌い、いよいよ「青い性」路線全面展開した。

山口百恵にとって7枚目のシングルである『冬の色』では、初めてオリコン1位を獲得した。

10枚目のシングルである『ささやかな欲望』で、千家和也と都倉俊一のコンビで作られてきた「青い性」路線から事実上卒業した山口百恵は、13枚目のシングル『横須賀ストーリー』から作詞・阿木耀子、作曲・宇崎竜童のコンビが中心になる。横須賀ツッパリ路線といったところだろうか。

15枚目のシングル『赤い衝撃』では、山口百恵が同名のドラマで共演した三浦友和を男性として意識したのではないかと言われている。

17枚目のシングル『夢先案内人』は、『パールカラーにゆれて』以来4作目のオリコン1位到達となった。

阿木耀子、宇崎竜童のコンビでは初の1位であり、第6回東京音楽祭世界大会では参加17曲と競い、銅賞を受賞したが、これは山口百恵にとって最後のオリコン1位曲になってしまった。

22枚目のシングルである『プレイバックPart2』は、曲の途中で演奏が一時止まったり、「プレイバック」をリフレインしたり、「Part1」のシングルがない(アルバムには収録)のに「Part2」というタイトルが付いていたなど、何かと興味を引く歌であり、その斬新さはセールスにもつながり、50万枚を突破したクリーンヒットとなった。

16枚目のスタジオ・アルバム『曼珠沙華』をリリースしているが、そこでは篠山紀信を前にトップレスになった彼女を酒井政利が告白している。

27枚目のシングルである『しなやかに歌って』は、いつになく緩やかな優しい楽調だったが、それし私生活をあらわすものだった。

交際がすっぱ抜かれた『フォーカス』発売翌日に、山口百恵は大阪のコンサート会場で、「私の好きな人は、三浦友和さん」と宣言した。

そして、ラス前のリリースである31枚目のシングル『さよならの向う側』で、現役時代の最後のシングルとなった。

30日は録画予約をしておこう。

以上、山口百恵最後のコンサート『伝説のコンサート山口百恵 1980.10.5 日本武道館』が1月30日、NHK総合で一度限りの再放送が決定、でした。

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