『愛傷歌』は、森昌子46枚目のシングルリリースである。「第36回NHK紅白歌合戦」では、「花の中三トリオ」が誰も成し遂げられなかった紅組司会とトリをつとめたが、その時に歌ったのがこの歌だった。私生活でも森進一との結婚を決意。演歌歌手としてひとつの頂上を極め、彼女の人生の中でも大きなエポックとなった1年だった。
「うちの母が病弱だったものですから、家庭への憧れはすごくありました。自分が良いお母さんになって、幸せな家庭を築きたいという願望はすごくありました」(『カスペ!』)。
父に歌を歌わされた、と思っていた森昌子にとって、『歌が好きじゃないんだろう』という森進一からの一言は度肝を抜かれた。
そして、森進一もまた不遇だった幼年期から、家庭への憧れが強い人間だった。
同じような価値観をもつ森進一に森昌子は惹かれた。森進一にプロポーズされると即答。逆に森進一から「結婚は遊びじゃないぞ」とたしなめられるほどだった。
両親に報告すると、いつも歌い方については口うるさかった父親も何も注文は付けず、「おまえが決めたことなんだから、反対しないよ」とだけ言われたという(『明日へ』)。
『愛傷歌』(1985.7.21)
愛傷歌/恋きずな
作詞者 石本美由起
作曲・編曲者 三木たかし
キャニオン
85年の「第36回NHK紅白歌合戦」では、初の紅組司会及びトリを務める。いずれも、桜田淳子や山口百恵は成し遂げることができなかった快挙である。
演歌であるためにセールスや話題性は地味だが、日本レコード大賞の最優秀歌唱賞といい、歌手としての実績は3人の中でも森昌子が決定的に輝かしい。これは誇るべきことである。「花の中三トリオ」の中では、やはり森昌子が要だったのである。
何より、紅白歌合戦で、司会とトリはどちらも大役であり、普通はそのうちのひとつだけでも大変な栄誉。兼務は美空ひばり以来2人目の快挙であった。
そして、そのときに歌ったのがこの歌である。
歌謡界のトップを任されたことについて感極まったか、森昌子は歌う前から号泣し、途中で歌えなくなった。さらに、紅組勝利で幕を閉じた後、貧血で倒れてしまった。
そのとき、助け起こしたのが森進一であった。同時に緞帳がスルスルと上がってしまったから大変だ。舞台の真ん中で抱き合う2人を披露することになり、2人の関係が公然としたのだ。
まさに、森昌子のための紅白歌合戦という感じだった。彼女にとっては、もう生涯忘れられない日になったのではないだろうか。
一年の掉尾を飾る国民的歌番組を挙げて、森昌子のために動いてくれている。
彼女は、少なくともこの日、歌謡界の頂上に立ったのだ。