『哀しみ本線日本海』を歌い『想い出づくり』に出演した森昌子

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『哀しみ本線日本海』はもちろん、森昌子の37枚目のリリースである。「花の中三トリオ」を卒業し、80年代に入ってからは、学園ソング、身内や片恋相手、街の風景などを対象とした抒情歌にかわって、いよいよ絶叫型の本格演歌路線に進んだ森昌子だが、その中でもこの歌は多くの人に知られている作品だろう。ジャケットには、すっかり大人の女性になった森昌子がガラス越しに映っている。

何しろ、レコードの売上が14.3万枚。それ自体が演歌としては貴重なヒット曲である。そして、32週という長い間売れ続けたことで、有線放送のニーズが高まった。

ベストセラーよりロングセラーというが、流行歌でありながら、日々新たにリリースされる新曲との競争にも負けずにヒットチャートに残るというのは、より多くの人に歌が支持されなければならない。

『哀しみ本線日本海』はそれだけ多くの人に認められた演歌なのである。

『哀しみ本線日本海』(1981.7.10)

哀しみ本線日本海
哀しみ本線日本海/妹
作詞者 A面:荒木とよひさ B面:山田孝雄
作曲・編曲者 A面:浜圭介 B面:市川昭介(編曲:斉藤恒夫)
キャニオン

荒木とよひさは、72年に『四季の歌』で作詞家デビュー。以来、演歌、ポップス、ニューミュージックと多岐にわたって多くの歌手に詞を提供してきた。演歌歌手の神野美伽と結婚したことでも話題になった。

浜圭介は、最初歌手としてデビューしたが大きなヒットには恵まれず、作曲家になってから成功した。『終着駅』が大ヒットして脚光を浴び、1973年には『そして、神戸』(内山田洋とクール・ファイブ)、『街の灯り』(堺正章)などで日本レコード大賞作曲賞を受賞した。『雨の慕情』(八代亜紀)は日本レコード大賞の大賞も受賞している。

9月から森昌子は、TBSの金曜ドラマ『想い出づくり』(81年9月18日~12月25日)に出演した。森昌子と古手川祐子と田中裕子の3人が24歳の普通のOLを演じることで、「結婚までのあがき、迷い、恋、発見、闘争などをただのリアリズムではなく、フツーの娘より一歩踏みだそうとした娘たちの物語」(『テレビドラマ全史1953~1994』で脚本の山田太一)である。

ありふれた娘たちを描いたストーリーであることや、それまでの常識を外れた長いカットの映像など、今までにない作品として適齢期の女性視聴者に注目された。

今までドラマや映画で実績を作れなかった森昌子が、ここにきてテレビドラマ史に留める作品に主演として出逢えた。作品に恵まれるという幸運は作ろうとして簡単に作れるものではない。

歌の方も『哀しみ本線日本海』から『越冬つばめ』までの活躍を考えると、この時期数年が彼女にとって芸能人としてのピークにあったといえるではないだろうか。

それはじんせい…

それはじんせい…

  • 作者: 森 昌子
  • 出版社/メーカー: 主婦と生活社
  • 発売日: 2011/12/16
  • メディア: 単行本

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