『父娘草』を我が父に捧げるように熱唱した森昌子

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『父娘草』は森昌子の26枚目のシングルである。父娘草と書いて「おやこそう」と読む。歌は例によって「わたし」と「あなた」が主語。1対1を前提とする発露のスタイルを今回も貫く。それが逆に普遍的な価値をもつのだ。一人っ子で父親から歌を教わりこんにちがある森昌子にとって、まさに自分の心を歌ったものになるのだろう。

植物で「父娘草」というものは調べても出てこない。父子草(チチコグサ)や母子草(ハハコグサ)は存在する。父娘草というタイトルの由来も、そこからきている可能性はある。

といっても学術的に親子の意味があるわけではない。

「父子草」については、1967年にそのタイトルの映画(東宝)が作られたことがある。

初老の土工(渥美清)が、淡路恵子のやっているおでんやの屋台で知り合った浪人生(石立鉄男)を物心両面でサポート。浪人生は東大に合格する話である。

土工が、なぜアカの他人の浪人生をサポートしたかというと、兵隊に行っていた土工は戦死したと思われ、土工の妻は土工の弟と結婚。戻ってきた土工は身を引いたものの、残してきた一人息子が心残りで、浪人生を自分の息子にみたてていたのだ。

実の親子ではないが、父子愛を描いていたわけである。

森昌子の歌も、父と娘の関係を歌い上げたものだが、作家が渥美清の映画をヒントにしたのかもしれない。

『父娘草』(1978.3.1)

父娘草
父娘草/花まつりの頃
作詞者 A面:山口あかり B面:わたなべ研一
作曲・編曲者 A面:八角朋子(編曲:馬飼野俊一) B面:和泉常寛(編曲:若草恵)
ミノルフォン

「花の中三トリオ」の父親は様々である。山口百恵の父親は、父親ではあるが山口家の戸籍筆頭者ではない。後に親権を巡って裁判沙汰にもなり、その複雑な家庭環境が彼女の芸能生活やキャラクターに終始ついてまわった。

桜田淳子は三人兄弟で両親も健在の普通の家庭に育ったこともあり、少なくとも父親が話題になることはほとんどなかった。

森昌子も両親健在の普通の家庭ではあったが、父親が彼女の歌手人生に多少なりとも関わりを持っていたため、彼女は自著で父親に言及していた。

たとえば、製菓会社に勤務する父親が、友達の出来ない内気な保育園児の彼女に自信をつけるようにと、アイスををおみやげに持ってきて、その交換条件に歌を歌わせていたこと。当初、プロになることには反対していたこと。レコーディングはOKが出ているのに、父親が妥協せずホリ・プロに直談判してやり直したこと。出演した番組での態度について小言を聞かされること……。

そんな父親への思いがこめられたのがこの『父娘草』である。

「あなたのふところ 旅立って わたしも十九に なりました」と、リアルな森昌子の件もある。

歌を歌わせれば「しみしみ聞かせる」ところも、ノド自慢あらしだった森昌子の父親をモデルにしているような気もする。

たとえデルではなくても、『スタ誕三人娘』随一の歌唱力がある森昌子は、父の力あってこそ、という思いを持ち続けて歌ったことだろう。

それはじんせい…

それはじんせい…

  • 作者: 森 昌子
  • 出版社/メーカー: 主婦と生活社
  • 発売日: 2011/12/16
  • メディア: 単行本

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