『港のまつり』を歌い進学か演歌歌手かに悩んだ森昌子

『港のまつり』は森昌子21枚目のシングルである。彼女にとって、本格演歌を歌う前の最後の叙情詩ソングになる。森昌子は「花の中三トリオ」とともに、「高三トリオ」の“解散式”を行った。区切りの時だけに、森昌子としてはその後の身の振り方に悩んだ時期でもあった。大学に進むか、演歌歌手として歌手を続けるかという選択肢に彼女は悩んだ。

A面の作詞者、わたなべ研一は、森昌子にはこの時点で初めての詞の提供となる。この後の『なみだの桟橋』(1977.8.1)のB面の『秋の約束』、『父娘草』(1978.3.1)のB面の『花まつりの頃』なども手がけている。

スポンサーリンク↓

有馬三恵子は、伊東ゆかりの『小指の想い出』や金井克子の『他人の関係』などセンセーショナルな話題をよんだ男女の歌を作っているが、森昌子、および「花の中三トリオ」についてはこの歌の提供のみである。

高田弘は、森昌子だけでなく桜田淳子や山口百恵の作曲・編曲も手がけており、スタ誕三人娘の御用達といったところか。

森昌子については、『若草の季節』(1974.2.10)、『今日も笑顔でこんにちは』(1974.7.1)、『おばさん』(1976.3.1)、『夕笛の丘』(1976.6.1)、『港のまつり』(1977.5.1)、『春の岬』(1977.12.1)など、桜田淳子については『天使も夢みる』(1973.2.25)、『天使の初恋』(1973.5.25)、『わたしの青い鳥』(1973.8.25)、『花物語』(1973.11.5)、『ひとり歩き』(1975.3.5)、『夏にご用心』(1976.5.25)、『ねえ!気がついてよ』(1976.8.25) 、『もう一度だけふり向いて』(1976.12.5)など、山口百恵については、『禁じられた遊び』(1973.11.21)、『冬の色』(1974.12.10)、『赤い運命』(1976.03.21)など、まさに「花の中三トリオ」を支えた編曲家なのである。

『港のまつり』(1977年5月1日)

港のまつり
港のまつり/初夏恋歌
作詞者 A面:わたなべ研一 B面:有馬三恵子
作曲・編曲者 A面:沖田宗丸(編曲:馬飼野俊一) B面:新井利昌(編集:高田弘)
ミノルフォン

スポンサーリンク↓

「花の中三トリオ」の解散式は、3月27日に日本武道館で卒業コンサート「三人娘 涙の卒業式」として盛大に行われた。

「花の中三トリオ」が「高三」になり、いよいよ学校の方は3人とも卒業するため、同級生トリオの方も卒業というわけだ。

だが、このとき森昌子だけは密かに、まだ学校を続けるつもりでいた。大学に進学して体育の先生になろうと考えていたのだ。

“卒業”するのは歌の方。つまり歌手生活から足を洗うつもりでいた。学校生活をギリギリまで犠牲にしてきた毎日が限界にきた、と森昌子自身は感じていた。だから、その卒業コンサートが終わると、2人とは違う意味でホッとした。

ところが、その後、休みを取ってアメリカ旅行をしたが、サンタモニカ海岸の夕焼けをながめているうち、考えが少しだけ変わった。

人から「森昌子、輝いてるね」と感じてもらえるとしたら、それは歌っている時ではないか、ならば自分は歌を歌うしかないのかな、と思い、100%前向きな気持ちになったわけではないが、とりあえず思い直してまた歌う気になったというのだ(『明日へ』)。

そこで翻意せずそのまま引退していたら、後の本格演歌歌手としての森昌子はいなかった。

明日へ

明日へ

  • 作者: 森 昌子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 単行本

スポンサーリンク↓