『もう一度だけふり向いて』を歌いエスエス製薬のCMに出演した桜田淳子

『もう一度だけふり向いて』は、桜田淳子17枚目のシングルである。1976年の掉尾を飾るリリースとしてオリコン最高順位11位で20.4万枚を売り上げた。もうひと息でベストテン入りを逃し、14作品連続ベスト10入り記録は達成できなかった。しかし、第5回FNS歌謡祭優秀歌謡音楽賞を受賞している。

FNS歌謡祭というのは、フジテレビが主催する音楽祭。現在は「その年を象徴する歌手がその年の自身の代表曲を披露する」コンサートだが、1990年までは、日本レコード大賞や日本歌謡大賞などのように、歌や歌手などに賞を与えるコンテスト形式だった。

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桜田淳子はその前年の第4回で、『天使のくちびる』で最優秀歌謡音楽賞を受賞しているが、この年は上半期と下半期に分かれており、第3回の上半期には「花の中三トリオ」の一人である山口百恵の『冬の色』が受賞している。

しかし、フジテレビは日本歌謡大賞のを主催する「放送音楽プロデューサー連盟」に加盟している。つまり、自前のタイトルがあるのに自局のローカルタイトルを乱立してしまったのである。

そうしたこともあって、日本歌謡大賞は93年に終了してしまった。

さて、作詞はいつものように阿久悠。この時期は、彼女の成長に合わせた歌作りに頭を悩ませていたようである。彼女の歌にしては少し重いというか「むずかしい」歌になっている。それがベストテン入りを逃したひとつの原因かもしれない。

A面の作曲は穂口雄右。ジャニーズ事務所出身でGSの経歴もある。桜田淳子の『しあわせ芝居』(1977.11.5)、そのB面の『晩秋』、山口百恵の『夏ひらく青春』(1975.6.10)などを手がけている。たしかに、イントロなどは、山口百恵の歌にもありそうな始まりである。

編曲の高田弘は、麻丘めぐみの『芽ばえ』『悲しみよこんにちは』、浅田美代子の『わたしの宵待草』『虹の架け橋』などをアレンジしている。

つまり、桜田淳子のライバルたちの作品を手がけているわけだが、逆に言えばその時代のニーズにマッチした仕事を評価されていたといっていいだろう。

B面の作曲は水谷公生。津田龍一とブルー・エースにはじまり、66年にはA面作詞担当の穂口雄右や轟健二(後の松崎澄夫)らとGSバンド、アウト・キャストを結成した。

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68年には千原秀明(後の武部秀明)らとアダムスを結成するなど、60年代は一貫してバンド活動を行い、70年代初頭にかけては柳田ヒロらとニュー・ロック系のセッションに参加。そして70年代後半から80年代には作曲家や編曲家として実績を積み上げている。

『もう一度だけふり向いて』(1976.12.5)

もう一度だけふり向いて
もう一度だけふり向いて/招待席
作詞者 阿久悠
作曲・編曲者 A面:穂口雄右(編曲:高田弘) B面:水谷公生(編曲も)
ビクター音楽産業

桜田淳子関連の“お宝”のひとつに、クリスマスの時期に合わせて作られたものであろう、エスエス製薬の販促品『淳子のクリスマス』(非売品)というレコードがある。

エスエス製薬=桜田淳子というのも、一般に広くイメージされているが、グリコ(知床しぶき)やヰセキ農機(さなえ)など彼女のCMは印象に残るものが多い。

もちろん、制作されたCM自体よかったのだろうが、秋田弁、キャスケットなど、使いやすいキャラクターである桜田淳子のタレントとしての価値も高かったということだろう。

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