『春のめざめ』で演歌歌手の黎明期に入った森昌子

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『春のめざめ』は、森昌子にとって12枚目のシングルである。「17歳の春を待つ乙女」の片思いを表現している。この場合の「春」とは、「季節」という意味と、片思いの成就という意味がかけられている。

森昌子は、この年の10月に17歳になっているので、「17歳の春」は翌年の春まで待たなければならない。この時期の1歳差は有意な違いがあるのかもしれないが、歌唱力のある森昌子は、ちゃんと歌いこなせるのである。

イントロの部分を聴くと、なんとなく『涙の連絡船』を連想してしまう。そういえば、森昌子は『涙の連絡船』を『スター誕生!』で歌い、審査員たちの心を掴んだ。

そういう意味では得意の楽曲かもしれない。そしてこのへんから、たんなる抒情詩ソングから、演歌への変化を見て取れるのだ。

そして、途中で急にキーが変わるので、音程をはずしてしまいかねない難しい歌なのだが、森昌子は外さずに歌っている。森昌子の歌の実力がわかる歌である。

『春のめざめ』(1975.3.1)

春のめざめ

春のめざめ/恋待草
作詞者 阿久悠
作曲・編曲者 平尾昌晃(編曲:竜崎孝路)
ミノルフォン

『春のめざめ』の歌詞は、子ども扱いされることを悲しく思い、セーラー服姿以外の「大人の私」もあるのだと「あなた」に懸命に訴えている。もちろん、「あなた」というのは思う相手である。

ただし、「背伸びをして愛したい」というのが精一杯で、山口百恵のように「あなたが望むなら、私何をされてもいいわ」だの「女の子のいちばん大切なものをあげる」だのといった訴えはない。

あくまで古風な片恋の表明なのである。

それはB面になるとなお顕著である。『恋待草』とは、文字通り相手に振り返ってもらうのをじっと待っている「私」をさしている。

「あなた」から「女らしさが出てきた」とか「好きな人が出来たのか」などと言われて、「そんなこと言わないで」と顔を隠して裸足で外に逃げ出してしまう「私」の歌である。

そう、A面は「あなた」の歌で、B面は「私」から見た歌なのである。

昨今は肉食系、草食系などという言い方がされるが、今どきさすがにそこまでハッキリと照れる「草食系」はいないだろう。

現代はさらに複雑になり、照れること自体に照れる時代なのである。

同じタイトルで、岩崎宏美が1981年にリリースしているがカヴァーではない。岩崎宏美といえば、やはり『スター誕生!』の出身。応募した動機は「自分も同じ学年の森昌子さんみたいになりたい」と思ったことだというが、奇しくも目標の人と同じタイトルの歌をうたうことになったわけだ。

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