社長行状記(1966年、東宝)は、森繁久彌の『社長シリーズ』第24作である。今回は、東洋一の紳士服メーカー・栗原サンライズが舞台。東京~名古屋、そして三重県を舞台を移しながら繰り広げる。そして本作より、小林桂樹と司葉子演じる夫婦に初めて子供が誕生する。
東野英治郎といえば、ご存知、テレビドラマ『水戸黄門』の、初代水戸光圀公である。
本来なら、森繁久彌がキャスティングされていたが、東宝の看板俳優が、東映京都撮影所で仕事をするのはいかがなものか、との理由からご破算になったという話もある。
そして、キャスティングされた東野英治郎黄門のトレートーマークは、「ハッハッハ」という豪快な笑いだった。
それが、東野英治郎の発案か、プロデューサーの注文かはわからないが、少なくとも、東野英治郎の「笑顔」については、その伏線となる作品が、この『社長行状記』ではないかと思われる。
さて、今回は、既製服メーカー・栗原サンライズが舞台である。
もちろん、社長が森繁久彌、常務が加東大介、営業部長が三木のり平、秘書課長が小林桂樹の面々はかわらない。
栗原サンライズに品物を卸している会社の社長は東野英治郎、栗原サンライズが契約したい一流フランスブランドの日本支配人がフランキー堺、大手販売者である名古屋のデパートの社長が山茶花究。
そして、マダムズは芸者が池内淳子、ホステスが新珠三千代。
このへんはもう、安定の“レギュラーメンバー”である。
ただし、今回はストーリー展開がいささかシビアである。
社長シリーズ33作の他の作品は、設定は変われど、いかにして得意先と契約をまとめるか、というストーリーである。
だが、今回は栗原サンライズが経営難で、もっぱら金策に東奔西走する展開である。
そして、品物を卸している会社の社長は東野英治郎は、取引先である森繁久彌社長の会社の経営が危ないと知ると、再三電話で催促を繰り返した。
それだけではない。
森繁久彌社長や小林桂樹秘書課長は、弁解が得意でないため妻にも誤解される。
なんと今回は、久慈あさみや司葉子が、夜遅くまでフランキー堺と遊び歩くという、いつものパターンとは反対のヨロメキと思える展開になっているのだ。
それほどシビアでピンチな展開にしたのは、もちろん社長シリーズの“路線”を変えるためではない。
シビアに、シビアに展開して、ラストのホッとさせる展開を盛り上げるためである。
栗原サンライズが契約したい一流フランスブランドのフランキー堺が、契約に即金で6000万を要求した。
それは、森繁久彌社長らが、栗原サンライズに品物を卸している東野英治郎に、不渡りを出さないようにかきあつめた回収金や融資などの合計と同額である。
その金をフランキー堺に回せば、契約が取れる。
しかし、そうなると東野英治郎に対して不渡りを出すことになる。
ピンチとピンチは掛け合わせるとチャンスになる。
森繁久彌社長は、東野英治郎宅に直接6000万円を持参して支払った上、改めてその金をそっくりそのまま貸してくれと頼むウルトラCにでた。
すると、それまで厳しかった東野英治郎が、
事情を察してニッコリ笑い承諾。
栗原サンライズは無事、1966年の正月を迎える。
シビアなストーリーを、東野英治郎のホッとさせる笑顔でひっくり返すのだ。
僧侶でもある松林宗恵監督が求めた「人の和」によって、無事温かい結末になっているのだ。
安定の“マンネリ”もきちんと展開
といっても、社長「シリーズ」である以上、森繁久彌の“色気”と失敗談はきちんとお目にかかれる。
金策で困っていても、電車の中で隣席の女性の脚を見て、またしても助平心を起こした森繁久彌。
顔をハンカチで隠している女性が「気分が悪い」というと、人払いをして自分一人で介抱しようと張り切るものの、ハンカチをとるとその女性は若作りした老婆(飯田蝶子)なのである。
もっとも、それは無理に挟んだスケベシーンではなく、ストーリーとしてつながっている。
老婆は取引先の名古屋のデパートの会長だったために、息子である社長(山茶花究)に、「お金を貸しておあげなさい。これは会長命令です」と鶴の一声があったのだ。
それが、先程書いた6000万円である。
また、秘書役は、当時の東宝の新人の1人・原恵子が演じている。
いずれにしても、最後はハッピーエンドで、安心して見ていられる展開である。
『社長行状記』。
ぜひご覧頂きたい。