『へそくり社長』(1956年、東宝)。これが1960年代の東宝昭和喜劇黄金時代を担った、森繁久彌社長シリーズの記念すべき第1作である。すでにこのときから、社長シリーズの骨子となるエピソードやキャラクターが確立しており昔の作品でも興味深い。
今や「へそくり」という言葉自体が耳新しいモノクロ作品だが、それだけに時代を感じることが出来るというものだ。
1956年といえば、日本が国連に加盟した年。つまり、戦後の進駐軍支配が終わり、やっと一人前の国としての体裁をとれるようになった時期である。
1950年~1953年の朝鮮戦争で、我が国の産業は息を吹き返し、大資本は復活。中小企業も次々起業し始めた頃だ。それだけに、会社を舞台とした映画はひとつのトレンドだったのだろう。
1962年に、源氏鶏太原作のサラリーマン喜劇『三等重役』『続三等重役』『一等社員 三等重役兄弟篇』などが公開された。社長は河村黎吉、人事課長が森繁久彌、秘書課社員が小林桂樹という顔ぶれだった。
三等重役というのは、要するにオーナー社長ではなく、能力的にも秀でたものがあるわけではない、という意味である。
河村黎吉が亡くなると、先代社長として額縁の顔写真で「出演」させ、後任の社長に森繁久彌を設定したのが同作から合計33作公開された社長シリーズである。
といっても、33作はほとんどが2作ごとに正・続編としてひとつの設定になっている。ただ、舞台はいずれも企業取引をめぐる社長と役員、社員たちの話で、出演者の顔ぶれやキャラクターなどはほとんどかわらない。
黄金時代と云われた1960年代の喜劇の大きな柱として、社長シリーズ、クレージー映画シリーズ、喜劇駅前シリーズなどが数えられるが、中でも社長シリーズが、最長最多のシリーズとして、クロサワ映画や東宝を財政面でも支える屋台骨としてのシリーズになった。
あらすじは……
ということで、前置きが長くなったが、あらすじである。
田代善之助(森繁久彌)は、会社社長だが決して天下を取ったような泰然自若とした趣ではなかった。
夫人・厚子(越路吹雪)が先代社長(河村黎吉)と縁戚にあたるために社長になれたが、その分、先代夫人(三好栄子)に頭が上がらず、「短命の元だから」とコメを食べさせない夫人の食事のメニューも強く反対することができない。
しかも、実力で勝ち取った社長ではないので、株主総会が怖い。げんに、株主・赤倉(古川緑波)は社長の更迭を狙っており、有力株主である小野田(上原謙)にそんな相談をしている。
森繁社長は、先代夫人から「社長の品格を貶める行為」として、得意のどじょうすくい芸を禁じられており、社長としてのたしなみで、小唄を習うことにする。がそこの師匠(藤間紫)に気持ちが動く。
しかし、小遣いに不自由する森繁社長は、秘書の小森(小林桂樹)から金を借りる有り様。
恋人のタイピスト・悠子(司葉子)とのデート費用を用立ててしまった小森は、役員報酬の明細を2つ作り、差額をへそくりすることを勧め、総務部長(三木のり平)の協力で金を作る。
浮気すべく連れ込み宿のオフロに入って師匠を待つ森繁社長。が、師匠は電話がかかってきてその場を出てしまい浮気は失敗する。
先代夫人には娘・未知子(八千草薫)がいるが、森繁久彌は寿司を振るまうことにし、普段食べていなかったので自分でもしこたま食べる。
帰宅してから厚子に追求されるが、そのときは未知子が一宿一飯の恩義でごまかす。ちなみに、森繁社長は、後編で未知子に救ってもらう。
そして、ラストシーンは社員慰労会の席で森繁社長が、酔った勢いで三木のり平部長と禁じられていたどじょうすくいを踊り、その場に駆けつけた先代夫人に見られて平謝り……。
森繁久彌社長、小林桂樹秘書、三木のり平宴会部長というシリーズの基本となる人物設定がすでにこの作品で出来上がっている。
また、マダムズと浮気ができそうでできない、というパターンもすでにここから始まっている。
ただ、何事にも慎重な加東大介重役や、怪しげなバイヤー・フランキー堺はこの時点では登場していない。
どんな作品もそうだが、シリーズを後ろからたどると、最初はかようにシンプルなものである。
一説には、本当は三木のり平はキャスティングされていなかったが、ドジョウすくいの宴会芸をアドバイスするうちに急遽出演することになったといわれている。
たしかに、三木のり平の出番は、どしょうすくい以外これといったものはない。
すでにその後のシリーズ各作品を見ていると、なるほど、ここから設定が発展していったのか、という思いで観ることができるだろう。
コメント