『大学の若大将』(1961年、東宝)は、言わずと知れた、社長シリーズ、クレージー映画シリーズ、喜劇駅前シリーズといった東宝昭和喜劇群とともに、1960年代の東宝の屋台骨を支えた人気シリーズのひとつ「若大将シリーズ」の第一弾である。(画像は劇中より)
他の人気シリーズとは違い、正面から喜劇とうたっているわけではなく、あくまでも青春映画ではある。
ただし、根性や道徳などを掲げるものではなく、加山雄三演じる、よくも悪くも悪気のないすき焼き屋の坊っちゃんと、それを取り巻く人々の、ユーモラスなドラマツルギーが繰り広げられる。
途中加山雄三が、黒澤明監督の映画に出演して1年ブランクがあるなどして、他の3シリーズより少しだけ少ない合計17作である。
本シリーズは、加山雄三のキャラクターを全面開花させたものであるから、加山雄三自身の人気と相乗効果的にポピュラリティを獲得していった。
そして、1965年に日本テレビで始まった、東宝制作による青春学園ドラマシリーズのモチーフにもなっている。
この後に制作された、『銀座の若大将』『日本一の若大将』の3作で、ストーリー的にはほぼ完結した。
が、人気作品となったため、基本的な設定と主要な登場人物はそのままに、しかし毎回のストーリーは『男はつらいよ』のようにつながっているわけではない、一話完結がその後も14作作られた。
東宝昭和喜劇の他のシリーズも、基本的な出演者は同じだが、設定やストーリーは毎回全く違っていたので、これは若大将シリーズ特有の作り方である。
加山雄三演じる田沼雄一は通称“若大将”。すき焼き店「田能久(たのきゅう)」の長男であり、祖母・飯田蝶子、父・有島一郎、妹・中真千子の家族がいる。
母親のいない父子家庭であるが、経済的にはとくに不自由はなく、性格もひねくれていない。
それどころか、頼まれると嫌とはいえない人のいいボンボンで、喧嘩も強く楽器もできるのだけれど、無謬万能というわけではなく、父親に迷惑ばかりかけて勘当も年中行事。1日5食で授業中に早弁をするおおらかさである。
ストーリーからは、それらはおそらく、祖母の存在が大きいのではないかと思わせる。
京南大学の大学生でスタートしたが、『日本一の若大将』では、就職先の内定をもらっている。
そして、4作目からまた大学生に戻り、時には水産大学の学生になる。
クラスメートには、同じ部のマネージャーの江口(本作だけ多胡)(江原達怡)や、若大将を勝手にライバルと思い込んでいる、青大将こと石山新次郎(田中邦衛)が毎回登場する。
加山雄三が実年齢で30歳を迎えると、さすがに学生という設定は苦しくなり就職するが、自動車会社であったり、青大将の父親の会社であったりする。
ヒロインは前半が星由里子のすみちゃん。後半は酒井和歌子のせっちゃんである。
毎回、ヒロイン以外の女性が出てきて、青大将の横恋慕などもあり、ヒロインがヤキモチを焼いたり誤解したりするが、最終的には関係は正常化する。
ストーリーの基本はスポーツで、時には水泳であったり、時には自動車であったり、また時には柔道であったりするが、いずれにしても最後に大会があり、いろいろな事情にも負けずに若大将が優勝するパターンは不変である。
つまり、最後は必ず、何もかもがうまくいくハッピーエンドである。
これもまた、若大将シリーズの独自性である。
清く正しく明るく楽しいをモットーとする東宝映画でも、100%ハッピーエンドというわけではない。
社長シリーズは、仕事こそうまくいくが、社長の浮気は必ず失敗に終わるし、クレージー映画や駅前シリーズは、ストーリーそのものがハッピーエンドでないこともある。
だが、若大将シリーズは、恋愛、スポーツ、すべてがハッピーエンドに終わり、観客を安心して映画館から返してくれるのだ。
ネットのレビューを見ると、いろいろツッコミもあるが、1960年代前半の映画を、21世紀の価値観で論評することに意義は感じない。
今も語り継がれるトイレ浄化槽の蓋で焼き肉
さて、本作『大学の若大将』であるが、京南大学法学部政治学科の田沼雄一(加山雄三)が所属するのは水泳部。
講義は代返と早弁のために出るが、1日5食の大食漢はさっそく早弁。
だが、実家の田能久の常連である教授(左卜全)は、弁当のおかずをひと口ふた口つまんで許してしまう。
こちらもまたおおらかである。
若大将は、バンドを作るために月謝を使い込み、部員の慰労で商売ものの霜降りを、祖母・りき(飯田蝶子)からこっそり受け取り、集金の金を使い込んだ妹(中真千子)の身代わりにもなったりと叱られることが続き、父親(有島一郎)から勘当されてしまう。
この勘当も毎回のお約束である。
マネージャーの多胡(江原達治)は、霜降りの鉄板焼きに使う鉄板がないため、何とトイレの浄化槽のフタを使ってしまう。
食べているとき多胡はとぼけていたものの、フタのない浄化槽に足を突っ込んだ管理人(沢村いき雄)が、においをつけたまま部室にやってきて、フタを見つけたことで部員にバレてしまう。
これは、若大将シリーズの人気を決定づけたシーンとも言われている。
54年も前の映画なのにキョーレツである。
その後も、江原達治がトンデモの食べ物を提供するシーンはあったが、本作の「トイレ浄化槽の蓋の焼き肉」を超えるものはないだろう。
若大将は、海でアルバイトをしている時、溺れていた野村社長(上原謙、加山雄三の実父)とその息子を助ける。
夫人(久慈あさみ)のポラロイドカメラ撮影で、助けたのが若大将であることがわかり、社長夫妻は若大将を、娘・千枝子(藤山陽子)の結婚相手にと考える。
しかし、社長宅留守番のアルバイトをしていた多胡(江原達治)は、千枝子を好きだった。
若大将は千枝子と見合いをする。が、自分が交際したいからではなく、多胡を紹介するためだった。
ヒロイン・すみちゃん(星由里子)は、若大将が好きなのだが、若大将とクラブで歌っている北川はるみ(北あけみ)との仲を誤解し、水泳大会当日に、青大将(田中邦衛)とドライブをしていた。
誤解したからといって、すぐ別の男に走るすみちゃんも「なんだかなあ……」であるが、毎回そのパターンである。
青大将は、不注意からりき(飯田蝶子)をハネ、若大将は大会会場から駆けつけて血を提供。
りきの意識が回復すると、また青大将の運転で大会会場に戻って泳いで優勝する。
肉親の生血の輸血は医学的には禁忌ではないか。
病院を往復して、血までとって、自分の出番に間に合って泳げるのか。
青大将が起こしたのは人身事故なのに警察の取り調べは?
もちろん、そのようなツッコミを入れてはならない。
観客はハッピーエンドを望んでいるのだから、むずかしいことを考える映画ではないのだ。
なかなか出口の見えない「失われた○年」状態にある現在、高度経済成長に向かう右肩上がり時代の文化や価値観、映画作りのおおらかさを堪能し、前向きな気持を取り戻すよすがとすればいいのではないだろうか。